昨今のESG投資のキーフレーズの一つに「長寿命化」ということが挙げられている。この長寿命化は建設の世界では以前から議論されていたテーマだが、不動産市場においては「あとまわし」にされてきた議論だ。市場や投資の観点からこの変化に何を考えるべきか、長寿命化に関する考え方について整理をしてみよう。
建築の寿命についての発想転換としての「建築の長寿命化」建築の寿命について住宅を例に挙げると、日本の住宅の平均寿命は30年、アメリカの55年、イギリスの77年と比較して半分以下であるということを目にしたことがあるだろう。(資料「長持ち住宅の手引き」より(監修:国土交通省住宅局 発行:ベターリビング協会) )これは何を意味するかといえば、建設産業の都合を横に置いておくと、国全体で実際に使われている住宅や建築の使用価値x使用期間に対して、解体・新築という建設にかかるコストが大きい割合になることを示しているといえるだろう。足りなかった住宅や建築を建設することが必要だった時代が、戦後復興から人口増加を続けてきた高度経済成長期までは確かにあったが、人口動態が横ばいから減少に変わろうとする中、また既存の建築物の総量が十分に存在している現在、新築量は極論すれば必要不可欠な建築物の更新だけでよいという状況といえるだろう。
その原理に反した日本の建築の寿命(の短さ)は何によるものなのだろうか。一つは、建設政策とそれに並行する建設産業構造が「作る」「建てる」を前提とし、「保つ」「維持する」という行為にキャッシュポイントを持ってこなかったということは指摘できるだろう。そのことは関連する不動産業についても、不動産の仲介と管理の二面あるうちどちらかといえば、仲介が表側、管理はそれに付随するものという認識の傾向があり、特に華やかなのは新築の仲介プレイヤーというイメージが良くも悪くもついている。それが悪いということではなく仲介によって新しい価値を市場の中で社会に送り出していくということは社会的な要請でもある。だが一方で、それはまた新築物件>中古物件という固定観をその上に生み出してきた。新しい価値の商品イコール新しい不動産物件というステレオタイプな価値観を下敷きにして、その価値を生み出すために既存建築物を「中古物」として価値評価を否定してきたのだ。結果として、既存建築物が十分な性能を保有しているか否かによらず、新しい価値を新築によって手に入れるためにもしかしたら必要のないスクラップアンドビルドを繰り返してきてしまった。それが、冒頭にあげた海外先進国の半分以下の住宅寿命として表れている。建築の性能としては、日本の建築は決して諸外国に劣らない、むしろ耐震性など優れている部分が多いにもかかわらず。これはすなわち、建築の寿命の意味が諸外国と日本で異なっているということであり、既存建築に対しての価値観自体が異なっていることの結果なのだ。ということは、その発想を転換し現在ある建築がスクラップアンドビルドで壊され「捨てられていた」既存建築の有する性能や価値を、新しい価値として改めて発想することが「建築の長寿命化」であるということに他ならない。長寿命化が生み出す価値では、建築の長寿命化を行うとどのような価値につながるのだろうか。以下長寿命化をするにあたって、目標となることを挙げてみたい。市場や投資的観点からは二つの方向性がまず考えられるだろう。一つは、その不動産物件がマーケットと整合している、市場から支持されている場合、その整合した収益環境を「持続させる」ことが長寿命化の目標となるだろう。それは本来の意味での管理の一環であって現在ある利益を減ずる時間的劣化を先行的に補改修することであったり、マーケットニーズの動向を先取りしつつ適合させていったりする改修になるだろう。言葉の意味通りの長寿命化であり、建築の長寿命化が収益環境そのものの長寿命化として目標となるといえる。もう一つは、マーケットと整合しなくなってしまった場合の長寿命化検討の場合だ。こちらにおいては、スクラップアンドビルドがプランA、長寿命化がプランBになる判断となるわけだが、そのエリアにおける新たなニーズと企画の再マッチングこそがここでの本来の目的になることを認識することが重要だ。その再マッチングの中で本当に新築建築が必要なのか、むしろ既存の躯体など使えるものを生かしつつ、必要な改修をリーズナブルに行ったほうが収益空白期間も短いのではないか、という観点からプランABを比較するというのが順当だろう。特にコロナ以降の建設コストの上昇では仮に同じ構造体を作り直したとして、30%近く価格が上昇している。調査したうえで、ほどほどの補強で既存躯体が再利用できることがわかるケースは意外に多い。また、長寿命化の考え方の一つに「スケルトン・インフィル」(SI)という考え方がある。これは、建築を形作り支える骨である構造体と、それ以外の肉や内臓、皮として付加される性能部品という区分を持った考え方だ。既存建築の当初設計時にはそのような考え方をしていない建物も多いが、この長寿命化の改修設計の中でこのSIを意識することで、そのあとの修繕管理コスト、あるいは次の改修コストを格段に下げる提案も可能になる。変える場所と変えない場所を明快に分けることで、部分の建設単価にもメリハリをつけることが検討できるために、改修コストバランスの見える化にもつながる考え方だ。長寿命化のそれぞれの目標の中で、更にメリットを受けられる要素としては、・解体費用の削減・トータル工期(=非収益期間)の短縮・耐震性能のアップ(被災による価値減損リスクの低減)・スケルトン・インフィル化区分による、メンテナンスの合理化・省エネルギー性能・温熱環境性能アップ(日常ランニングコストの低減。健康環境のアップ、劣化進行の低減)・建築状態モニタリング設備整備(建築の状態の見える化による管理コストの削減)・建設廃棄物の減少・解体・建築に伴う二酸化炭素発生量の減少 などが挙げられる。いずれも、仮にいま新しい建築を企画するとすれば当然の性能要件として入ってくるものであるが、それらを改修においても実現する技術的蓄積は十分に進んできていることを不動産投資プレイヤーは知ってもらいたい。例えば、現在保有している物件やこれから取得する物件について、そういった長寿命化改修による新たな価値提案の可能性を吟味して判断することが、これからの不動産投資において必須となる時代が来ることも考えたい。アメリカのインスペクター、イギリスにおいてはサーベイヤーという専門の職能が存在しているのもその必要性があるためだ。日本においても同様に不動産の判断に建築の専門家を不動産事業者が活用していく時代が近いと考えている。
健美家2022/10/14配信より:https://www.kenbiya.com/ar/ns/jiji/architectural_k/6141.html
昨今のESG投資のキーフレーズの一つに「長寿命化」ということが挙げられている。この長寿命化は建設の世界では以前から議論されていたテーマだが、不動産市場においては「あとまわし」にされてきた議論だ。
市場や投資の観点からこの変化に何を考えるべきか、長寿命化に関する考え方について整理をしてみよう。
建築の寿命についての発想転換としての「建築の長寿命化」
建築の寿命について住宅を例に挙げると、日本の住宅の平均寿命は30年、アメリカの55年、イギリスの77年と比較して半分以下であるということを目にしたことがあるだろう。(資料「長持ち住宅の手引き」より(監修:国土交通省住宅局 発行:ベターリビング協会) )
これは何を意味するかといえば、建設産業の都合を横に置いておくと、国全体で実際に使われている住宅や建築の使用価値x使用期間に対して、解体・新築という建設にかかるコストが大きい割合になることを示しているといえるだろう。
足りなかった住宅や建築を建設することが必要だった時代が、戦後復興から人口増加を続けてきた高度経済成長期までは確かにあったが、人口動態が横ばいから減少に変わろうとする中、また既存の建築物の総量が十分に存在している現在、新築量は極論すれば必要不可欠な建築物の更新だけでよいという状況といえるだろう。
その原理に反した日本の建築の寿命(の短さ)は何によるものなのだろうか。
一つは、建設政策とそれに並行する建設産業構造が「作る」「建てる」を前提とし、「保つ」「維持する」という行為にキャッシュポイントを持ってこなかったということは指摘できるだろう。
そのことは関連する不動産業についても、不動産の仲介と管理の二面あるうちどちらかといえば、仲介が表側、管理はそれに付随するものという認識の傾向があり、特に華やかなのは新築の仲介プレイヤーというイメージが良くも悪くもついている。
それが悪いということではなく仲介によって新しい価値を市場の中で社会に送り出していくということは社会的な要請でもある。
だが一方で、それはまた新築物件>中古物件という固定観をその上に生み出してきた。新しい価値の商品イコール新しい不動産物件というステレオタイプな価値観を下敷きにして、その価値を生み出すために既存建築物を「中古物」として価値評価を否定してきたのだ。
結果として、既存建築物が十分な性能を保有しているか否かによらず、新しい価値を新築によって手に入れるためにもしかしたら必要のないスクラップアンドビルドを繰り返してきてしまった。
それが、冒頭にあげた海外先進国の半分以下の住宅寿命として表れている。建築の性能としては、日本の建築は決して諸外国に劣らない、むしろ耐震性など優れている部分が多いにもかかわらず。これはすなわち、建築の寿命の意味が諸外国と日本で異なっているということであり、既存建築に対しての価値観自体が異なっていることの結果なのだ。
ということは、その発想を転換し現在ある建築がスクラップアンドビルドで壊され「捨てられていた」既存建築の有する性能や価値を、新しい価値として改めて発想することが「建築の長寿命化」であるということに他ならない。
長寿命化が生み出す価値
では、建築の長寿命化を行うとどのような価値につながるのだろうか。以下長寿命化をするにあたって、目標となることを挙げてみたい。
市場や投資的観点からは二つの方向性がまず考えられるだろう。
一つは、その不動産物件がマーケットと整合している、市場から支持されている場合、その整合した収益環境を「持続させる」ことが長寿命化の目標となるだろう。
それは本来の意味での管理の一環であって現在ある利益を減ずる時間的劣化を先行的に補改修することであったり、マーケットニーズの動向を先取りしつつ適合させていったりする改修になるだろう。言葉の意味通りの長寿命化であり、建築の長寿命化が収益環境そのものの長寿命化として目標となるといえる。
もう一つは、マーケットと整合しなくなってしまった場合の長寿命化検討の場合だ。
こちらにおいては、スクラップアンドビルドがプランA、長寿命化がプランBになる判断となるわけだが、そのエリアにおける新たなニーズと企画の再マッチングこそがここでの本来の目的になることを認識することが重要だ。
その再マッチングの中で本当に新築建築が必要なのか、むしろ既存の躯体など使えるものを生かしつつ、必要な改修をリーズナブルに行ったほうが収益空白期間も短いのではないか、という観点からプランABを比較するというのが順当だろう。
特にコロナ以降の建設コストの上昇では仮に同じ構造体を作り直したとして、30%近く価格が上昇している。調査したうえで、ほどほどの補強で既存躯体が再利用できることがわかるケースは意外に多い。
また、長寿命化の考え方の一つに「スケルトン・インフィル」(SI)という考え方がある。これは、建築を形作り支える骨である構造体と、それ以外の肉や内臓、皮として付加される性能部品という区分を持った考え方だ。
既存建築の当初設計時にはそのような考え方をしていない建物も多いが、この長寿命化の改修設計の中でこのSIを意識することで、そのあとの修繕管理コスト、あるいは次の改修コストを格段に下げる提案も可能になる。変える場所と変えない場所を明快に分けることで、部分の建設単価にもメリハリをつけることが検討できるために、改修コストバランスの見える化にもつながる考え方だ。
長寿命化のそれぞれの目標の中で、更にメリットを受けられる要素としては、
・解体費用の削減
・トータル工期(=非収益期間)の短縮
・耐震性能のアップ(被災による価値減損リスクの低減)
・スケルトン・インフィル化区分による、メンテナンスの合理化
・省エネルギー性能・温熱環境性能アップ(日常ランニングコストの低減。健康環境のアップ、劣化進行の低減)
・建築状態モニタリング設備整備(建築の状態の見える化による管理コストの削減)
・建設廃棄物の減少
・解体・建築に伴う二酸化炭素発生量の減少 などが挙げられる。
いずれも、仮にいま新しい建築を企画するとすれば当然の性能要件として入ってくるものであるが、それらを改修においても実現する技術的蓄積は十分に進んできていることを不動産投資プレイヤーは知ってもらいたい。
例えば、現在保有している物件やこれから取得する物件について、そういった長寿命化改修による新たな価値提案の可能性を吟味して判断することが、これからの不動産投資において必須となる時代が来ることも考えたい。
アメリカのインスペクター、イギリスにおいてはサーベイヤーという専門の職能が存在しているのもその必要性があるためだ。日本においても同様に不動産の判断に建築の専門家を不動産事業者が活用していく時代が近いと考えている。
健美家2022/10/14配信より:https://www.kenbiya.com/ar/ns/jiji/architectural_k/6141.html